薬学研究に対する抱負

普通の患者さんは病院に入院すれば病気が治ると期待しており、また、薬を飲めば病が治ると期待しています。しかし、例えば、新型コロナウイルス感染症のような新興再興感染症が流行した場合では、緊急性があってもすぐには薬が出てきません。例えば、がん薬物治療を受ける場合では、体に負担が大きいレジメンにより免疫力が低下することもあり、健常人なら問題にならないような病原体による感染症が大きなリスクとなり、がん治療がより一層複雑になります。一般的に、ウイルス感染症では、非自己の病原体の特異的メカニズムを狙えば効果の高い治療薬の開発が期待できます。ならば、様々なウイルス関連疾患に対して有効性が期待できる薬を揃えておくことが可能ではないでしょうか。薬学研究者として、緊急性の高い新興再興ウイルス感染症やがん関連感染症の新規分子標的を解明し、次世代創薬に貢献することを目指します。

新興再興ウイルス感染症の分子標的研究

新しい病原体が原因となる新興感染症、既知の病原体が原因で再度感染拡大が認められる再興感染症は、人間社会の変貌に伴い出現することが多く、完全に制圧することが困難な感染症である。2019年から顕在化した新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)は新規コロナウイルス SARS-CoV-2 が原因となる新興感染症である。SARS-CoV-2 は、2002年に出現した重症急性呼吸器症候群(sever acute respiratory syndrome: SARS)の原因ウイルス SARS-CoV や2012年に出現した中東呼吸器症候群(middle east respiratory syndrome: MERS)の原因ウイルス MERS-CoV と同じ β-コロナウイス属に分類される。これらのコロナウイルスは、細胞表面の受容体に結合して感染し、標的細胞内で増殖して細胞外に放出されて感染を広げていく。ウイルス増殖では様々な過程を必要とするが(上図)、この過程にこそ、創薬分子標的が含まれる。我々の研究室では、 このようなウイルス増殖プロセスを創薬分子標的と捉え、国立感染症研究所や国立医薬品食品衛生研究所と協力しながらウイルス学的な基礎研究を進め、その阻害剤の探索を目指している。

ウイルス関連がんの分子標的研究

(1)Epstein-Barr virus (EBV) や Kaposi sarcoma-associated human herpesvirus (KSHV) は、潜伏感染してウイルスゲノムを細胞内に安定維持することで発がんに関与すると考えられる。EBV のウイルスゲノム維持機構が阻害剤の分子標的になるか探索するため、EBV ウイルスゲノム分配機構とヒト細胞内の DNA 複製起点を認識するORC1 の機能的関係を解析し、ORC1 の BAH ドメインと呼ばれる領域が、EBV の環状ゲノム DNA の複製、維持に必要であることを明らかにした(野口 et al., EMBO J, 2006)。ウイルス由来の EBNA1 は ORC1 と協調して EBV のウイルスゲノム複製維持機構に関与するDNA結合タンパク質である。そこで、京都大学の杉山教授、東北医科薬科大学の神田教授らと共同研究で、EBV 由来のEBNA1 分子を阻害するポリアミド化合物を開発した(文部科研費 23590134: 特願2010-153916、安田 et al., Cancer Sci, 2011)。EBNA1 阻害ポリアミドが EBV 感染による正常 B 細胞の不死化形質転換を抑制することが示され、EBV のウイルスゲノム複製維持機構が創薬標的として有望であることが示唆された(上図)。

(2)KSHV のゲノム維持に働くウイルス抗原の機能について解析し、京都薬科大学の藤室教授との共同研究を行いながら様々なウイルス因子の作用を明らかにした(文部科研費 20590068: 村上 et al., J Biol Chem, 2006;吉岡 et al., Biochem Biophys Res Commun, 2010;増田 et al., Biochem Biophys Res Commun, 2011)。また、EBV や KSHV は、感染宿主の免疫系を回避することで、ウイルスがんの発症、悪性化を誘導すると考えられており、ウイルスによる免疫チェクポイント分子機構の制御が、ウイルスがんにおける新たな治療分子標的として注目されてきた。 例えば、KSHV の溶解感染増殖は腫瘍悪性化に関与するとされているが、溶解感染に働く転写因子 K-RTA が別の核内転写因子 SP1/3 と相互作用して免疫抑制性サイトカイン IL-10 の発現を誘導する現象を明らかにした(文部科研費 26460076:宮澤 et al., J Biol Chem, 2018)。 現在、EBVやKSHV感染細胞において、種々の免疫チェックポイント分子の発現制御にウイルス由来分子がどのように関与しているのか解析を進めており、その機能阻害剤の探索を目指している。